最高裁判所第三小法廷 昭和29年(し)37号 決定 1954年10月08日
主文
本件特別抗告を棄却する。
理由
記録によると、被告人森原春一外四名にかかる所得税法違反被告事件の第一審たる福岡地方裁判所の第一五回公判期日において、検察官から刑訴三二一条一項二号の書面として、証人志岐文雄の所論検察官供述調書について証拠調の請求がなされたところ、弁護人から右供述調書は強制誘導によるものであり、かつ信用すべき特別の情況の下に作成されたものではない等の理由により異議の申立がなされたのであるが、同裁判所は右異議に拘らず、証拠能力ありとしてこれを証拠に採用する旨の決定をなし、証拠調を了したので、弁護人から右証拠採用決定に対して本件特別抗告の申立がなされたものであることがわかる。
ところで、刑訴四二〇条一項によれば、右証拠採用決定のような「訴訟手続に関し判決前にした決定」に対しては、直接に抗告することを許されていないのであるが(重ねて異議を申立てることもできない。刑訴規則二〇六条)、この種の決定に対して抗告することを許さないとする所以のものは、かかる決定に対しては一々独立に不服を申立てることを許さなくとも、その決定の不当不法が本案判決に影響を及ぼす限り、その終局判決に対する上訴において(上告においては、原則として憲法違反および判例違反を理由とする場合に限ること勿論である)、その救済を求めることができるからに外ならない(昭和二六年(し)第七一号同二八年一二月二二日大法廷決定「集七巻一三号二五九五頁」、昭和二六年(し)第一〇三号同二七年一二月二七日第一小法廷決定「集六巻一二号一四七七頁」参照)。そればかりでなく、証拠採用決定の如きものは、当該裁判所において証拠調施行前にこれを取消し得るものであり、証拠調施行後においてもその証拠の全部また一部を排除することができるのであって、従って右決定に、かりに違法違憲があったとしても、その段階においては未だ本案判決に影響を及ぼすべきものであるか否かさえ、不確定の状態にあるのであるから、刑訴法はこれに対して即時抗告の申立をすることすら、未だ実益がないものとして、これを認めなかったものと解せられる。
以上の如く本案判決に対する上訴においてその当否を争うことが出来るものであるから本件における原決定の如き「訴訟手続に関し判決前にした決定」は、刑訴四三三条一項にいわゆる「この法律により不服を申し立てることができない決定」にあたらないものと解するのが相当である。従って、所論判例違反の主張につき判断するまでもなく、本件特別抗告は不適法として棄却を免れない。
よって、刑訴四二六条一項に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村千介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)